大阪観光

HUBchariでめぐる

大阪歴史探訪コース

食いだおれのまち、大阪。
かつて、京都人は着物の道楽が過ぎ、江戸っ子は良い酒を飲みすぎて財産を失うといわれました。
大阪人は、「大阪は食い果て、堺は家で果てる」と。
そして現在、「京都の着倒れ、大阪の食い倒れ、神戸の履き倒れ」と言われます。

歴史あふれるまち、大阪。
飛鳥時代には都(難波京)がおかれたこともありました。
豊臣秀吉が大阪城を築き、大きく発展し、
江戸時代には商都として栄え、経済の中心となりました。

今の大阪のまちはというと・・・。
「おっちゃん」が闊歩し、「おばちゃん」が気軽に話しかけてくる、
人情あふれるまちとして全国にその名を轟かせています。
そんな大阪を知り尽くした「おっちゃん」がおすすめするコースをご案内いたします。
自転車で巡る大阪のまち。あなたの旅が今、始まります。

  • 所要時間
    5時間

  • B-33.NTT西日本馬場町ビル

  • 大阪城

  • 大阪歴史博物館

  • 真田丸跡(心眼寺・三光神社)

  • 四天王寺

  • 安居神社

  • 通天閣

  • E-03.ホテルヴェルテックス大阪

  • まずはHUBchariレンタル!

    B-33.NTT西日本馬場町ビル

    スタートは、大阪城近くの谷町四丁目駅から徒歩8分の「B-33.NTT西日本馬場町ビル」から。他にも、森ノ宮駅から徒歩1分の「ドコモショップ森ノ宮店」ポートも近隣にはあります。大阪城までは、目と鼻の先。なお、大阪城は敷地内、自転車進入禁止や走行禁止エリアもありますので、ご注意ください。。

  • 大阪の一番高い台地にそびえたつ

    大阪城

    時は、戦国時代末期。
    摂津国東成郡生玉荘大坂に、豊臣秀吉が城を築きました。今の大阪城の前身にあたります。豊臣秀吉死後、江戸に幕府が開かれると、不満を抱えた淀君を始めとする豊臣氏と徳川氏の関係が悪化しました。これが引き金となり、大阪冬の陣、夏の陣の勃発します。この戦いは、互いに多くの戦死者を出す大合戦となりました。戦いの中、周囲に広がっていた大阪城は外堀を埋められ、裸同然になりました。この戦いの中、真田幸村、後藤又兵衛をはじめとする豊臣方の諸将が戦死し、戦いは終わりました。徳川氏の時代になり、大阪城は改築されます。現在の大阪城の姿は、江戸時代に改築されたものですが、一部、豊臣氏によって築かれたことを表すものを目にすることができます。城を囲む石垣は、時代によって、作り方が違います。その違いに注目してみましょう。

  • 大阪の歴史にひたれる

    大阪歴史博物館

    古代の時代から現代にいたるまで、全てを知ることができます。古代のフロアでは、難波京を学び、大阪城の前身であった「大阪本願寺」、秀吉によって築かれた中世の街並みを見ることもできます。また、実物物大の発掘現場を体験できるスペースもあります。近代から現代にいたる時代の中で、「大坂」が「大阪」になっていった過程も知ることができます。
    入場料:大人600円、高校生・大学生400円、中学生以下無料

  • 戦略的な堀の形成

    真田丸跡(心眼寺・三光神社)

    学校のテニスコートの外側に、「真田丸顕彰碑」が建てられています。この周辺は起伏にとんだとんだ土地で、丘の上に櫓などの建造物があり、それを囲むように堀をめぐらし、眼下の敵を、山の上で待ち構える構造であったことがわかります。真田丸跡周辺には、「空堀」という地名があり、元々は、真田丸の防衛上、戦略的な堀が形成されていた場所であったことが想定される。丘の上にありながら、起伏にとんでいる地形。

    空堀商店街

    大阪市中央区谷町中手上本町6-15

    映画「プリンセス トヨトミ」のロケ地となったもあり、昔ながらの大阪らしい商店街。商店街から路地を入ると、堀の遺構が見れます。古民家を改装したおしゃれなカフェも多数!ここらで少し休憩はいかがでしょうか?

  • 聖徳太子ゆかりのお寺

    四天王寺

    四天王寺は推古天皇元年(593年)、聖徳太子が建立。
    現在は和宗の総本山で独立寺院。日本書記に伝えるところによると、物部守屋と蘇我馬子が合戦におよび、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、自ら四天王像を彫り、もし、この戦いに勝利したら、四天王を安置する寺院を建立し、この世のすべての人を救済する」と誓願しました。その合戦は、蘇我氏の勝利に終わり、その誓いを成就するするために、四天王寺が建立されました。多くの国指定の建造物や重要文化財があり、観光客や参拝客で日々、にぎわっています。

  • 真田幸村ゆかりの地

    安居神社

    創建時期は不詳ですが、天慶5年(942年)、菅原道真が祀られるようになったと言われています。菅原道真が大宰府に流されるときに、風待ちのために休息を取ったために、その名がついたという伝承もあります。大坂冬の陣・夏の陣で奮戦し、華と散った真田幸村が、この境内地内で戦死ししたと伝えられ、境内に戦死跡之碑があります。

  • 昔は遊園地が!?

    通天閣

    初代通天閣は、1911年に建設されましたが、近所の映画館の火災が延焼し、焼失しました。その頃には、「ルナパーク」と呼ばれる遊園地があり、ロープウェイで通天閣に行けたというから驚き。
    現在の通天閣は、1956年に完成したもので、避雷針を含めた高さは108mあります。2016年に創建60周年を数え、今もって、大阪の観光地のシンボルとして、新世界の中心にそびえたっています。5階の展望台には、幸運の神様「ビリケンさん」が鎮座しています。幸運を招きたい方は、ぜひ、訪れて、足の裏を撫でてください。展望台から北を眺めれば、今日、サイクリングしてきた経路が一望できます。

  • HUBchari返却

    E-03.ホテルヴェルテックス大阪

    通天閣周辺には複数のポートがあるので、次の目的地に合わせて便利なポートをお選びください。通天閣に最も近いのは、「E-03.ホテルヴェルテックス大阪」となります。お疲れ様でした!